東京高等裁判所 昭和53年(う)1334号 判決 1982年1月20日
本籍
神奈川県横浜市神奈川区大口仲町三九番地の二
住居
同 区西大口二八番地
弁理士
佐藤正年
昭和五年三月一六日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五三年四月一四日横浜地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官隈井光出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人浅見敏夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官河野博作成名義の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一(事実誤認の主張)について
所論は、要するに、原判示第一及び第二の各事実につき、(一)被告人が、外国特許出願という役務を提供する対価として、被告人から外国の弁理士等に支払う支払手数料分を含めて、国内委任者から受け取る受取手数料の収入計上時期は、外国の弁理士等に復委任の手続を了したのみならず、必要な補正を加え、出願手続を瑕疵なく完了させたときと認むべきであり、その完了前に受け取る受取手数料は、前受金として財産増減法による立証上の負債の部に計上すべきであるのに、原判決が右収入計上の時期を外国弁理士等に復委任の手続を了し、国内委任者に受取手数料を請求した時と認めた結果、役務完了前に受領した受取手数料の金額を負債の部に計上せず、過大に右各年分の所得額を算出したのは、事実の誤認であり、(二)原判示OP一〇四七-六タンデム圧延機における厚板自動予測制御法のソ連特許出願の場合を含めて、外国特許出願の補正に関する追加の支払手数料は、これに対応する受取手数料を収入として計上する年分の必要経費となるのであって、その未払額は、当該年分の支払手数料未払金として財産増減法による立証上の負債の部に計上すべきであるのに、原判決が右追加の支払手数料を臨時的な必要経費であるとして対応収入の計上される年分の必要経費と認めず、このため支払手数料未払金の額を不当に圧縮し、過大に右各年分の所得額を算出したのは、事実の誤認であり、(三)被告人が高月猛らとのパートナー契約に基づき、特許事務所の業務により得た利益のうちから、原判示第一の昭和四四年分に関し高月猛及び手島幸子に対し合計二九九八万四二二八円、原判示第二の昭和四五年分に関し高月猛、手島幸子及び武田賢市に対し合計七〇〇〇万円を配分して右各金額の必要経費を支出し、若しくは少なくとも両年分に関し同人らに右各金額の債務を負っていたのに、原判決が右パートナー契約及びこれに基づく支出若しくは債務の各存在を認めず、過大に右各年分の所得額を算出したのは、事実の誤認であり、以上の各事実の誤認は、それぞれ判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、調査すると、所論に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
まず、所論(一)については、関係証拠によれば、(1)被告人は、昭和三八年弁理士の登録を経て同四〇年の開業以来、その業務に従事し、昭和四四年及び同四五年当時二十数名の職員を擁し、内外の特許に関する事務、特に外国特許出願に関する事務を処理する佐藤国際特許事務所を主宰していたこと、右外国特許出願に関する事務は、日本鋼管株式会社その他の国内委任者から外国特許出願の代行を委任され、外国の弁理士その他特許出願の代行をする機関(以下、便宜外国弁理士という。)にその代行を復委任し、外国弁理士をして外国特許出願の代行をさせることであること、被告人の事務所では、被告人及びその他の職員が国内委任者から受けた資料等に基づき、外国弁理士に復委任するため、当該外国の国語又は英語等代表的外国語に翻訳した書類等を作成したうえ、これらを右外国弁理士に送付し、国内委任者のための役務の提供を一応終ること、その後、場合により外国弁理士から、外国特許官庁の意向を受けたりして、当該国での特許出願に必要な補正や追加の手続を求められることがあり、この場合にはその求めに応じて必要な補正等の手続をし、更には、外国特許の実質審査及び特許登録に伴い求められる手続もすること、(2)被告人の事務所では、外国弁理士に必要な書類等を送付し、一応の役務を提供し終った段階で、国内委任者に対し特許出願に伴う通常の受取手数料(以下、通常の受取手数料という。)の請求書を発送して、これを請求する取扱いがなされていたこと、右取扱いは、主な国内委任者である日本鋼管株式会社の担当者の一般的了解のもとに行われて来たこと、国内委任者からは、右請求に基づき、外国特許出願手続の進展の如何を問わず、請求した金額が請求の概ね四、五十日後に銀行を経由して送付されるのを常としていたこと、被告人から国内委任者に請求する通常の受取手数料の金額は、被告人の事務所の提供する役務の報酬等である「当方分」と外国弁理士に送金する「外国送金分」に区分された金額の合計額であること、右に区分された各金額は、被告人が弁理士会報酬規程及び自己の経験によりこれを決定していたが、右外国送金分は、外国弁理士から現実に請求されて支払う支払手数料の額を上回っているのが通常であり、その差額も国内委任者に返戻してはいなかったこと、支払手数料は、(イ)特許出願のさい最低限必要な出願料、翻訳料及び当該外国弁理士の手数料を含む通常の支払手数料並びに(ロ)復委任手続の後に出願の補正や追加の手続に関する追加の支払手数料に分けられること、外国弁理士から通常の支払手数料の請求があるのは、前記復委任のための書類等の送付から通常六か月ぐらい後であり、その請求を受けて、被告人が適宜銀行を介して外国弁理士に送金していたこと、追加の支払手数料も被告人が外国弁理士から請求を受けた後適宜送金していたが、被告人は、追加の支払手数料分については、その補正等が翻訳上又は手続上の誤りなど被告人の事務所の手違いに由来するときには被告人においてこれを負担して、通常の受取手数料で賄い、そうでないときは国内委任者と協議して改めて追加の受取手数料として請求し、その支払を受けていたこと、このほか、出願の後に別に必要となった中間費用や登録費用は、その都度被告人が国内委任者に請求し、支払を受けていたが、外国特許登録のさいには特別の成功報酬は請求していないこと、更に被告人も、通常の受取手数料の請求段階で売上に計上し得ると認識し、従前の確定申告でもそのように計上してきたうえ、国内委任者から受取手数料として送付された金員については、当該外国特許出願の手続がどの段階にあるかを考慮せず、前受金ないし預り金としての経理をしていないばかりか、そのようにも認識していなかったことを認めることができる。以上の事実に照らして、被告人が、国内委任者に提供する特許出願の役務の報酬・費用として受領する通常の受取手数料の収入計上時期を検討すること、被告人が国内委任者から委任を受ける事務の内容が外国の特許権等の工業所有権の取得における出願行為のみでなく、工業所有権の取得に必要な一切の事務であることは当然であるけれども、被告人が外国特許出願に関し通常提供する主要な役務は、国内委任者から受けた資料に基づき、外国弁理士に復委任をするために必要な外国語による文書を作成し、必要資料を整えて、これらを外国弁理士に送付することであり、この当初の役務の終了により役務提供の段階に顕著な区切りがつけられることからして一応役務の提供が完了するとみられること、被告人がこのような一応の役務完了と同時に国内委任者に具体的な金額を明示して通常の受取手数料の請求をし、国内委任者の側でもやがて請求どおりの支払をしていたこと、この請求・支払の関係は、長年にわたり継続して維持されていたことに照らせば、国内委任者に対する通常の受取手数料の請求の時点においてすでに被告人が右手数料債権を行使できることが保障されていたものにほかならないばかりでなく、その金額すら具体化されていて、被告人の収入実現の客観性と確実性が充足するにいたったのであるから、被告人の国内委任者から収入すべき通常の受取手数料の債権が確定したものと認められるのであって、右通常の受取手数料は、この時点を基準として収入に計上するのが相当であり(なお、追加の受取手数料の債権についても、これを立替金の経理により処理しない場合には、同様にその請求の時点で収入に計上できる。)、この時点の属する年分の収入として、所得税法三六条一項の「その年において収入すべき金額」に算入されるべきものである。
所論は、右収入計上の時期を、外国弁理士への復委任手続を了したのみでなく、必要な補正や追加をし、出願手続を瑕疵なく完了させたときと認むべきであるというが、外国特許出願の補正や追加の手続は、常に求められるものではなく、予めこれが求められるか否かを予測することは不可能であり、これが求められる場合にもその回数・時期が定まらないこと及び右補正追加の手続があっても、既応に遡って通常の受取手数料そのものを受領したまたは受領できる立場に影響を与えないことに徴すると、右収入計上時期を所論の時期まで延ばさなければならないとする解釈は相当でない。所論はこれを前受金として処理すべきであるというが、以上の見地からすれば、被告人の請求により収入すべき金額に達した後に現実に支払われたものは、収入すべき金額を収入したに過ぎず、前受金の性質を有しないことは明らかであるから、所論は採用できない。したがって、原判決が所得額の認定において財産増減法に依拠しつつ、右の通常の受取手数料の金額を全く負債の部に計上しなかったことは正当として是認することができる。原判決には所論(一)のような事実の誤認はない。
次に、所論(二)につき、まず、外国特許出願の補正等に伴う追加の支払手数料が当該外国特許出願に伴う通常の受取手数料の収入計上時期の属する年分の必要経費となると認めるべきかについて検討すると、前判示のとおり、右追加の支払手数料を対価とする外国弁理士の右補正等に関する役務は、性質上当初から予定されるものではなく、またそれが通常発生するものでもなく、発生する場合にもその時期・内容が不定で全く予測されず、事前にその金額を評価できないことに徴すると、通常の受取手数料分によって賄われ、自己の負担となる場合でも、事後的費用である追加の支払手数料は、健全な会計の原則に照らして、通常の受取手数料との間に費用と収益との個別対応の関係があるとまでは認められない。したがって、原判示OP一〇四七-六タンデム圧延機における厚板自動予測制御法の特許出願の場合を含めて、外国特許出願の補正等の手続に伴う追加の支払手数料は、通常の受取手数料の収入計上時期の属する年分の必要経費に計上しなければならないものではなく、外国弁理士から支払請求を受けた時点の属する年分の必要経費となると認めるべきであるから、支払手数料未払金の額が不当に圧縮されているとの所論は、前提において採用できない。原判決には所論(二)のような事実の誤認もない。
更に、所論(三)について検討するに、所論のパートナー契約の実質がいかなる法律的性質のものであるのか、例えば、共同事業契約で、事業上の収入支出の共同帰属をもたらすものなのか、又は特殊の雇用契約で、被用者に対する特別の歩合制給与を生ずるものなのか等は必ずしも明らかではない。しかし、所論は、少なくとも同契約が各年末に利益額の一定割合に相当する金員を被告人から他のパートナーに支払うことを要素とする契約であることを主張するものと解される。そこで、このような内容の契約がはたして当事者間で締結されていたかどうかを見ると、以下のとおり、このような内容の契約が結ばれていたとは到底認めることができない。被告人は、原審及び当審で所論に沿う供述をしているが、そのほかに、関係証拠によれば、昭和四四年当時のパートナーとされる高月猛(被告人主宰の特許事務所所属の弁理士)及び大井幸子(同事務所の当時の外国課長、旧姓手島)の各名義で同年分について、また、同四五年当時のパートナーとされる右両名及び武田賢市(同年七月入所の弁理士)の各名義で同年分についてそれぞれ所論に見合う金額の所得があったとする確定申告及び所得税の納付がされていることが認められる。しかし、右確定申告及び所得税納付は、右各人の了承を得ているとはいえ、被告人の指示により他の事務所員がこれを行ったものであり、右各人は右納税の資金を出捐していないこと、本件発覚後に右各人に還付された過納付税額の還付金が実質上被告人に帰属したことも認められるから、右確定申告及び納税の事実をもって直ちに所論を裏付けるものともいえない。また、所論に沿う合意事項を記載した被告人、手島幸子、高月猛及び武田賢市の記名押印のある覚書(昭和五三年押四七三号の二五)は昭和四五年八月一〇日付であるがそれが実際に作成されたのは同年秋であると認められるうえ、後述のとおりこの覚書の内容どおりの合意が当事者間に成立していたとは認められない。また、原審証人大井幸子、同高月猛の各供述、武田賢市の検察官に対する供述調書その他関係証拠によれば、右三名は、昭和四四年若しくは同四五年の当時実際に被告人との間にパートナー契約を結んでいるとは認識していなかったのであり、前記確定申告等や右覚書作成についても、被告人の税金対策であると考えていたことが認められるから、右覚書の合意は、関係者の真意に基づくものではないといわなければならない。しかも、所論の契約に基づく金員が各年末ころに被告人から右各人に現実に支払われた事実は存しない。尤も、昭和四六年四月にいたり右三名名義の普通預金口座が新規に開設され、それに所論に見合う金員がそれぞれ被告人の預金口座から預け入れられ、更にその後にこのうちから右三名名義の定期預金が設定されている事実があるけれども、これとても、その各預金口座の開設、預金通帳・印鑑の保管、預け入れ及び払い戻しの一切は、被告人及びその命を受けた銀行員が掌握し、各名義人には全く手を触れさせていなかったもので、これら預金も被告人の仮名預金の一部であることが認められるから、この事実をもって所論の契約に基づく金員の支払があったということはできない。更に関係証拠によると、大井幸子及び高月猛は、パートナーになったと主張されている昭和四四年及び昭和四五年においても、それ以前と同様に、また、武田賢市は、同四五年七月の入所以来、それぞれ被告人の被用者として被告人から毎月及び所定時期に一定基準による職員間の序列に従った相応の給与・賞与を支給され、被告人を源泉徴収義務者(給与支給者)とする給与所得の源泉徴収を受け、かつ被告人の被用者として失業保険等の社会保険に加入し、社会保険料を徴収されていたことも認められる。
以上の諸事実に収税官吏作成の昭和四七年二月九日付、同年一〇月一二日付(乙一八号)、同月一九日付被告人に対する質問てん末書及び被告人の検察官に対する同四八年二月二二日付、同月二四日付各供述調書をも加えて総合考察すると、所論のパートナー契約が真実有効に存在したとは到底認めることができない。かえって被告人が巨額に達した所得の累進税率による所得税の高額化を回避するため所得の分散を企て幹部従業員をパートナーに仮装したものと認めるのが相当である。被告人の原審及び当審の供述のうち所論に沿う部分は、その余の関係証拠と対比して措信することができない。そうすると、所論のパートナー契約及びこれに基づく金員の支出若しくは負担の各存在を認めなかった原判決の判断は相当であり、原判決に所論(三)のような事実の誤認はない。
各論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意第二(量刑不当の主張)について
所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。
そこで調査すると、本件は特許事務所を主宰する弁理士である被告人が昭和四四年及び同四五年の各事業所得について合計一億六七四〇万円余りの所得税を逋脱したという事案であり、右逋脱金額が犯行当時の一般の所得水準に照らして極めて巨額であるばかりでなく、その所得秘匿率が年平均約八四・七パーセント、逋脱税率が年平均約九五・八パーセントに達すること、不正の手段がパートナー契約の仮装、外国弁理士に対する支払手数料の二重計上、その他の必要経費の水増し、二〇〇口を超える仮名預金設定による所得の隠匿など多様であることに徴すれば、この種事案としても悪質であり、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。してみると、被告人が更正決定に異議の申立をしたものの、逋脱した所得税の本税、重加算税及び延滞税並びに事業税のすべてを納付していること、本件発覚後経理態勢を確立し再過なきを期し、すでに十年余りを経過していることその他所論の指摘する諸事情を被告人の有利に斟酌しても、被告人を懲役一年六月、但し三年間右刑の執行猶予及び罰金四〇〇〇万円に処した原判決の量刑は相当であって、これが重過ぎて不当であるとは到底認められないから、この点の論旨も理由がない。
よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 杉山英巳 裁判官 浜井一夫)
○控訴趣意書
被告人 佐藤正年
右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴の趣意は左記の通りである。
昭和五十三年七月三十一日
右弁護人 浅見敏夫
東京高等裁判所第一刑事部 御中
記
原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認並びに量刑の不当があるので破棄を免れないものと思科する。
第一、事実誤認
一、外国特許出願手数料の未払金について
(1) 被告人は弁理士として人的役務の提供を業とするものであるが、特にその業務の七〇%強が外国特許の出願であり、役務提供に対する対価の実態が前受と解されるところに本件問題のポイントがある。
昭和四十四年十二月十六日企業会計審議会報告書「企業会計原則注解修正案」に
前受収益は、例えば受取手数料の前受のように、一定の契約に従い継続的に役務の提供を行う場合、未だ提供していない役務に対して支払を受けた対価である。従って、このような役務に対する対価は時間の経過とともに次期以降の収益となるものであるから、これを当初の損益から除外するとともに経過的に貸借対照表の負債の部に計上しなければならない。
とあるが、これこそ本件を解決する上において看過し得ない準則と思科するものである。
(2) そこで先ず外国特許出願業務とその費用の負担についてであるが、特許出願業務を大別すると
特許出願手続→中間審査→登録、
となる。
出願手続の準備としては、当該外国語による明細書の作成、図面の作成、優先権証明書の翻訳、同証明書の交付、発明者宣誓書、譲渡証、委任状、審査請求書等作成があり、これを外国特許庁に対し法律に適合した書式で規定期間内に提出補完することによって出願手続は完成することになる。各国ともこの段階までの手続を形式審査と呼んでおり、この手続行為が瑕疵なく完成されるまでに要する費用を出願費用と称している。
被告人は、右形式審査の完成までを一段階として依頼者に対しこれに要する費用等として出願手数料の名義で請求したが、その時期は被告人から外国代理人に出願を委任した時であり、その請求書の内容は更に区分して「当方分」(被告人事務所経費等として)「外国送金分」(外国代理人に手数料等として支払予定)としていた。
ところで本件当時被告人事務所における出願業務の実情を振返ってみると受任事件の九〇%までが優先日の切迫したものであったため、先ず出願として受理されるに必要な最少限度の書類の準備にかかるのが例であった。外国語による明細書の作成、発明者宣誓書の作成及び宣誓署名並びにこれが公証人の認証を得て当該外国代理人に宛てて発送し優先日確保の特許出願をする。然る後、委任状、優先権証明書譲渡証等を規定期間内に送付補完し出願手続行為を瑕疵なきものにしたのである。なおこうした準備の段階では他の注文案件との関係もあり、技術分野の翻訳者の繁忙度ともからんで外国語の明細書を外注する場合もあり、或は簡単なテキストだけを送付して外国代理人に明細書の作成を依頼する場合、後日補正指令を受けて補完することを予定しながら手続をとる場合等一律ではなかった。補完の期間は條約によって三ケ月と定められていてその始期は出願日を原則とするが、補完書類の性質により優先日から三ケ月、或は審査官の指令日から三ケ月というものもある。
次に中間審査であるが、これは発明内容についての審査であって実体審査とも称している。出願手続が完了すると実体審査に入るのであるが、時間的には出願月からみて早い場合でも一年后になる。審査の内容は先行技術との関係から許可、不許可が議論されるが、これに要する費用は中間費用と称しており出願費用とは別個に依頼者に請求する。なお実体審査に入った後に出願手続の不備誤謬が発見され補正書を提出して補完するような場合にはその費用は出願費用の枠で賄うことになる。中間審査の結果登録を許可された場合、これに要する費用は勿論依頼者の新たな負担となる。
(3) 原判決の「OP一〇四七-六、タンデム圧延機における厚板自動予測制御法」に関する特許申請手続に対する判断について(原判決一八頁裏八行目以降)
原判決は、右特許申請手続に関して昭和四十五年(一九七〇年)度中三回に亘って請求された手数料は補充請求書或は追加クレーム作成等の費用であると認められるので、このような臨時的な経費は必要経費には該当せず昭和四十四年度の経費性がないので昭和四十五年分の追加手数料に算入すべきである旨判示されているが、これは明らかに事実誤認である。
この特許出願手続は米国等七ケ国に対し行われたその一部ソ連に対するものであるが、出願手続の内外国語の明細書を作成したのは米国に対するものだけであり、これをそのままソ連の商工会議所に送付し出願手続を依頼したのである。ソ連商工会議所は優先日確保のため英語をソ連語に訳しただけで発明発見委員会に提出した。従って明細書中で記述しなければならない先行技術の説明、発明の有用性、クレームの記載方式がソ連のプラクティスに合致せず特にクレームの記載方式について補正を要求されこれに応じたものである。
このことは請求書の記載内容で明らかな通り一九六九年(昭和四十四年)十一月十九日出願の手続をとりその費用として「二〇〇・八五ルーブル」請求され、同年十二月十六日付で補正指令が出てその費用として「二一・二〇ルーブル」請求され、一九七〇年(昭和四十五年)三月三十日付で右補正指令に対する回答書(補充訂正書、訂正クレーム)を提出しその費用として「四一・四〇ルーブル」請求され更に同年十月十二日付で前回補正不十分のため再度の補正指令を受けその費用として「四二・〇〇ルーブル」請求され、同年十二月二十五日右指令に対する回答として意見書訂正書を提出しその費用として「一二五・四〇ルーブル」請求されたものであってこの手続を経て本件申請は漸の形式審査を完了したものである。
従ってこの過程で要した費用は、当初依頼者より受領してある前受収益と解される出願手数料の外国送金分によって賄うべきものであり、それは当に所得税法第三十七条第一項の当該総収入金額を得るため直接に要した費用に該当するものと解すべきである。勿論原判決に云うが如き臨時的な経費ではなくまたこの費用を依頼者に請求した事実もないことである。
(4) 原判決は、外国手数料未払金についての判断(判決十七頁表三行目以降)において、被告人が外国手数料の未払金額を重複計上した旨指摘された上で昭和四十四年度、昭和四十五年度の外国手数料未払金の顔を認定された。
指摘せられた通り被告人事務所の経理処理において外国手数料の未払金を概算計上しこれを翌期首洗替へしなかったために支払手数料が過大計上となり、これを計算の基礎として確定申告したことはその通りである。
その事由を検討するに、被告人が弁理士事務所を開設したのは昭和四十年一月であるが、その后の業況は弁理士界において前代未聞と云われる急激な発展を逐げた。時恰も経済の高度成長の時代であり、人材の確保は困難を極め、加えて被告人の経営者としての経験の不足が事業の発展を把握しきれず、年収二億を超えた昭和四十四年当時事務所の経理を経験も乏しい女性事務員一名に託していた仕末である。同年十一月に至り漸く商社経理の経験豊かな叔父吉田栄一を迎えて経理体制の確立を図ったが、外国特許という特殊な業務であることと語学の力を必要とするため吉田としても実態を把握し合理的な経理処理の方法模索に苦労したようである。
それにしても昭和四十五年一月からは復式簿記を採用し帳簿組織を確立し、外国手数料の収支については国内の依頼者に手数料を請求した段階で売上をたて、同時に外国送金分を支払手数料として計上し且つ同額を未払金とする方法をとったのである。その後外国代理人から手数料請求のある都度未払金を整理する方法をとったのである。そして最終的にはこれを形式審査の完了まで反覆し、未払金に残額あるときは売上に房すこととし、その間年度の切替えに当るときは所謂洗替をする方針をとったのである。
ところが残念なことに四十五年暮吉田が被告人と感情問題で突然辞任し、その后再び経理経験の乏しい女子事務員一名の体制に戻ったため吉田が考えていた洗替の方法をとることを知らず四十五年度の確定申告をしてしまったというのが実情である。吉田が採用した右の方法は、前掲「企業会計原則注解修正案」が前受金で処理したものを同じ負債勘定科目である未払金で処理したもので考え方としては一致するものである。従って吉田のとった処理方法が継続されていれば少なくとも四十五年度以降外国手数料の未払金問題についての非違は解消し得たのであって遺憾に耐えない。
原判決認定の未払金は、本件査察を担当した前田査察官の考え方を全面的に認容されたものであるが、この方法は進行過程における経理態勢の下でとれるものでないことは自明である。即ち査察という強制力によって経理をストップさせ外国特許案件を一件毎に通旧究明し未払金を把握したものであるからである。然も未払金認定の基準たるや弁理士業界において慣習化している「出願手数料」の枠を殊更「出願時手数料」なる新用語を導入して圧縮し、収益に対応する必要経費の範囲を縮少する無理をしていることである。(原審における当職弁論要旨第三外国手数料未払金についてを参照せられたい。)
前田方針は収益漸増のカーブを画く業態においては課税所得が過大に算定されて累進税率の適用により不当に高額の所得税を課せられることになり、吉田経理が継続的に遂行されれば収支が対応して所得税法の適用が合理的且つ妥当性をもつことになる。
因みに
所得税基本通達は三六―八(事業所得の総収入金額の収入すべき時期)(5)において
人的役務の提供による収入金額についてはその人的役務の提供を完了した日、ただし人的役務の提供による報酬を期間の経過又は役務の提供等に応じて収入する特約又は慣習がある場合におけるその期間の経過又は役務提供の程度等に対応する報酬についてはその特約又は慣習により収入すべき事由が生じた日、
としており、
東京不服審判所の審判例に
人的役務の提供による収入金額の収入すべき時期は原則として人的役務の提供を完了した日であるが、弁理士業務のうち外国特許事務にかかる報酬については、慣習として現地代理人を通じて出願事務を行い現地代理人の諸経費をも含めて請求しているので、依頼者の検収が終了した時点において請求権が確定するものと解するのが妥当である旨、
のもののあることを附記する。
査察の結果更正される課税所得は税法を正しく適用したものでなければならないことは云うまでもない。原判決の外国手数料未払金の認定は、外国特許出願手続における弁理士業界の慣行を誤解しその結果国内依頼者からの手数料収入の収入すべき時期を誤ったか、或は手数料収入に直接対応する支払手数料の範囲の認定を誤ったものと云わざるを得ない。
前掲「OP一〇四七-六」の事例は収入に直接対応すべき支払手数料を追加手数料と認定し期間対応を誤ったものであるが、こうした事例は他にも相当ある。
原判決認定の方法によると、昭和四十四年から四十五年に亘る被告人の如き収入激増の業況においては課税所得が不当に多額に算出され累進税率の波をかぶる不当な結果になる。吉田方式によるか受取手数料を前受金処理にするか、何れにしても資料の再検討を要するものと思料する。
二、パートナー配分について
(一) 原判決は、被告人が弁理士の事業収益から高月猛等三名に対しパートナー配分として昭和四十四年分において合計二九、九八四、二二八円を、昭和四十五年分において合計七、〇〇〇万円を配分した、そして高月等が配分を受けたとしてそれぞれ確定申告している事実は認められるが、右申告にかかる配分金が現実に配分された事実は認め難いとされ、その理由として
(1) 高月等三名は被告人に雇用されている従業員であること。
(2) パートナー配分につき事前に具体的な話合いもなく被告人が一方的に決定し配分金額も便宜的なものであること。
(3) 配分金についてのパートナー各人の申告や納税を被告人の方でやっていること。
(4) 配分金は現実に支払われていないこと、そして昭和四十六年に至って三名に対する配分金として各人名義の銀行預金をしたが預金通帳及び印鑑とも被告人が保管し、三名が配分金を自由に処分できるような状態でなかったし、同人等が退職した際にも配分金が支払われていない。
等をあげ、現実に配分が実施されたものとは認めることはできないとされている。
(二) 然しながら
(1) 本件当時一般的に云ってパートナーについての定義は明確でなかった。先ず税法自体に定義現定もなく、運用基準である基本通達にもこれに触れたものがない。
ところが弁護士、弁理士等人的役務の提供を業とする事業所得の確定申告に添付する収支明細書の用紙にはパートナー配分欄なるものが印刷してあり右業種においてはかなり活発に巾広く利用されている事実がある。その趣旨とするところはこれら業種において担当業務の専門化に伴い協力態勢をとる必要の多くなったこともあり、同時にこれら人的役務提供の業種は法人化を許されないこともあって所得税法の累進税率を合法的に緩和する方便たることを否定し得ないものがあるように思われる。
原審証人福田信行弁理士が顧問税理士の示唆によって親子でパートナー制を組むに至ったことを証言されている。
パートナー制をとるについての条件等も必ずしも必ずしも明確でなかったことは当職の原審弁論で触れたように右福田弁理士の証言、被告人にパートナー制の実施をアドバイスされた統括国税調査官塚瀬一男の証言、四十五年三月横浜南税務署担当者の納税指導を受けたときの状況に関する吉田栄一の証言、並びに被告人本人陳述で十分に推認される。被告人としては所轄税務署の現場調査官の指導の下にパートナー制を実施したものであり、高月等三名が被告人事務所の雇人であることは被告人の確定申告書添付の雇人費内訳表に明記していることであり、その雇人をパートナーとして配分するものであることを申告書自体に明示しているのである。
被告人の当時の認識では、被告人は「シニアパートナー」高月等は「ジュニアパートナー」と理解していたものであり、同人等のパートナー適格についてはいささかの不審もなかったことである。
(2) パートナー制を実施するについては被告人を中心に高月猛、大井(旧性手島)幸子の間で相当期間機会ある毎に話合っていること、四十五年二月には吉田栄一起案のパートナーシップ覚書案ができたこと、最終的に武田賢市弁理士の入所後の四十五年八月十日付で被告人以下四名同席でパートナー制をとるについての覚書に押印していることである。(大井幸子、高月猛、武田賢市、吉田栄一各証言)
覚書の内容を見ると、先ず冒題にこの覚書が改訂のもので既に旧覚書のあることを示唆している。配布する報酬額は各人三〇%以下とし所長が決定すること、新たなパートナーの加入は協議の上所長が決定すること、パートナー配分の取消は他のパートナー協議の上決めること、事務所の統制上所長決定に不服申立をしないこと、特別事情はパートナー全員協議して解決すること等を定め、被告人を所長とする佐藤国際特許事務所におけるパートナーの責任の分担と報酬の配布について合意しているのである。
この内容では、パートナー制をとるについての話合いとして具体性がないというのであろうか。また決め方が一方的であったと非難されるが、高月等三名にしてみれば、最低保証の給与を受けた上での待遇であり、パートナーになるについて格別条件を加重されてもいないのであるから、被告人の提案に反対する理由はなかったのではあるまいか。
四十四年分、四十五年分の配分金額が便宜的であると批判されるが、四十四年分は収益と経費の差額に覚書に定めた三〇%を乗じた金額であり、四十五年分は勤務期間の関係で、高月・大井は二五%、武田二〇%で配分したものである。
ただ給料を支払っている従業員に何故このように多額の配分をする必要があったかという疑問がありはしないかであるが、原審で吉田栄一が証言したように四十五年度においてパートナーに七千万円配布した場合の被告人の手取額(所得税、事業税、住民税を納付した残額の意味)と、配分しないで被告人独りの課税所得とした場合の手取額では配分した方が若干多い結果になるということである。所得税累進税率の酷しさがもたらす皮肉な結果である。被告人としては自己の手取額も殆んど変らず、然も協力者を好遇して人材を確保し得るとしたら正に一石二鳥であり、事業の責任者として当然の配慮ではあるまいか。
(3) パートナーに対する配分金の所得申告、納税手続を被告人の方でしたと云われるが、これは配分金の一部を拠出して事務所を立派なものにして生活の基盤を確立しようというパートナー間の特約に関係することであり、手続自体は慣れている事務所の経理担当者が処理したまでのことである。
(4) 問題は配分金が現実に支払われていないという原判決の指摘である。現実の支払いがなければ所得にならないという意味であろうか。
一体所得とは何か、税法に定義規定がなく説は区々であるが、純資産増加説が通説であろうか、「社会的に自己の意思による処分が承認された利益」とか「金銭、物、権利その他形態のいかんに拘らず外部との取引によって収受した経済的利益」等と云われるが、結局担税力の観点から決めているようである。
本件パートナー配分は基本的に各人合意の覚書があり、その契約に基づいて配分権を持つ被告人から四十四年度、四十五年度の各申告時に各パートナーに対し配分額が通告され、配分した被告人も、これを受けた各パートナーもこれを経費としてまたは所得として税務署長に申告し、納税している事実はそれだけの配分金を供与する契約が成立したことを意味するものであり、各パートナーは被告人に対して通告された金額の交付を請求する権利を取得したことは間違いないことである。況や昭和四六年四月に至って配分金が各自名義の預金になったことで現実の履行があったものと認めるべきである。
原判決は現実の支払がなかったと指摘されているが、それは被告人と各パートナーとの約束で配分金の一部を拠出して佐藤国際特許事務所を拡張整備し快適な執務環境と経済的基盤の確立を考慮し、そうした資金の必要が起きるまで一応被告人が管理するに至ったものである。管理は被告人事務所の資金と混然一体の形であったが、権利関係を明確にしておくべきであると気づいた被告人が全く自発的に四十六年四月北陸銀行新橋支店に配分金の収支を明らかにして残金を各パートナー名義の定期預金にしたものである。なお、パートナー三名の預金通帳及び印鑑を被告人が保管していたとの指摘はいささか当を得ないのであって被告人の事業関係の資金は普通預金、定期預金を問わず通帳印鑑とも総て北陸銀行新橋支店の担当者に委任保管されていたものであり、パートナーの預金も同じ扱いであったことは査察当日他の預金とともに銀行において差押えられているのである。
更に退職時パートナー三名に配分金を支払わなかったと云われるが、これはパートナー側がこれを受領することを回避した結果である。同人等は査察開始直後査察官から配分金を受領することは被告人の脱税の共犯になると云われたらしく、又島田弁護士(査察開始直後高月の推せんで被告人の弁護を担当するに至った者で、元金沢国税局長)も「万一の場合は共犯ということもあるので完全に配分を受けたと断言しない方がよかろう」との意見であり、パートナー三名ともすっかり逃げ腰になったことと、被告人としても査察官に強く抵抗した為に取引先に厳しい調査でも入ったら困る心境も働いて配分金の処置は査察の認定待ちといった日和見主義をとってしまったのである。パートナー三名の退職時は概ねパートナー否認の線が打出され、更正近しの時であったため配分金の問題に触れることなく事務所を離れて行ったというのが実情である。
(三) 要するに被告人経営の佐藤国際特許事務所は外国特許の出願手続を主力としたことが当って設立日浅くして急激な発展を遂げ、被告人としては人的物的両面の補充整備に追われその一環として人材確保の見地から事務所の中核的地位にあった大井幸子、高月猛、ついで武田賢市を登用してパートナー制を組み、同人等との間にパートナー配分金を蓄積しこれを出資して事務所の拡張整備を図ることを合意し、昭和四十四年度からパートナー配分を実施し、その配分金は被告人が保管を委託されたものである。ただ遺憾な事は被告人が採用実施したパートナー制の方法等に若干不備欠陥のあったことである。然し被告人独りを責めるのは酷であって当時におけるパートナー制に対する認識の曖昧性、被告人に対してパートナー制の採用を指導した塚瀬調査官、横浜南税務署の納税相談担当者の指導の拙劣なことも責められなければならない。
また被告人に法律家的素養が十分であったならば現実の配分がなかった等批判されることのないよう手当ができたであろうし、若し査察が四十七年十月以降であったならば同年九月事務所移転の機会に保証金等四千万円をパートナー四人で分担し配分金の残額は各人の自由管理に解放して問題はなく解決していたはずである。
それにしても被告人としては合意された覚書に基づいて各年度の利益から約定に従ってパートナー配分金の額を通告し、これを確定申告し、分配金は各パートナーに委託されて被告人が管理していたのであるし、この経緯は総て所轄税務署の担当調査官の指示を受け報告していることであるのでパートナー制の実施として条件不備があるなどとは夢想だにしなかったことである。そのことは、被告人の確定申告書に三名のパートナーに給料を支払っていることもパートナー配分をすることも明記していることであり、各パートナーもそれぞれの所轄税務署に同旨の事実を明記して確定申告している事実からも理解されることである。
本件パートナー配分は適正に履行されたものであり、従って被告人の税額計算上当然必要経費として控除さるべきものであり、この点においても原判決は事実誤認である。
税務官吏の指導を受けてパートナー配分の契約をし、その契約に基づいて利益配分を通告し、各自それぞれ確定申告し(申告先は四税務署)納税している。いささかでも責められるものがあるとすれば、配分金を被告人が保管したことであろう。然しそれも前述の通り使途についての特約に基づき保管したまでのことであり、それも配分直後には国税当局の調査を予知してではなく、全く自発的にパートナー各人名義の定期預金にしているわけである。
原判決はこれを累進税率を免れるための仮装行為であると断定する。頭隠して尻隠さずという諺があるがこれでは丸出しである。こんな脱税犯があるのであろうか。
第二、情状
一、原判決は、本件逋脱所得の額乃至比率の高きこと、累進税率回避の仮装性、並びに外国代理人に対する支払手数料の過大計上等を悪質な犯情として掲記しているが、前述したようにパートナー配分の否認には問題があり、支払手数料の未払金の把握についても異論のあるところであり、問題点の結論如何によっては一概に非難さるべきではあるまい。この問題に関連して原審弁論で訴えた所得率も考慮せられたいことである。原判決認定によると四四年度、四五年度の所得率は五〇%を超えることになり、ガラス張り経理をした四七年度乃至四九年度の所得率は一五・三%乃至一八・二%になることである。また四七年三月までの国税庁査察課の取扱通達は犯則者が累進税率回避のため所得の一部を第三者名義で申告していた場合、脱税額の計算上これを納税額に加算する扱いであったことを附記する。
二、本件は余りにも急激に発展した個人事業の悲劇である。人的には物的にも不備のまま唯前進を続けている間に税法的には最も重要な経理面に空白ができた。特に本件は外国特許という語学の問題がからみ、こうした特殊業種をこなす税理士もいないままに問題を難しくしたようである。本件査察に税理士、弁護士を依頼しながら殆んど問題解決に貢献がないようである。こうした不利益を今や被告人独りが背負って弁理士として極めて優秀であり、国内的にも国際的にも信頼厚く高い評価を受けている被告人が、苦学の末かち得た弁理士の道を失おうとしている。被告人が現在受任している事件は、出願件数管理件数を合せると一〇万件を超え、顧客は四〇〇社にのぼる。
何卒今一度検討のメスをくわえられて被告人に適正な裁きを与えられたく懇願する次第です。
以上